66_鞘書とは

日本刀と聞いて思い浮かべることと言えば、「とても切れ味のいい刃物」、「かっこいい武器」、「鞘[さや]に納まった姿が男心をくすぐる美術品」などが挙げられます。特に、刀身を保護する役割を持つ「鞘」に関しては、装丁が豪華なほど価値が高くなる他、きっと身分が高い侍や武士、武将が装備していたに違いないと思えるものです。

一方で、日本刀を納める鞘には実は種類があり、普段は「日本刀の寝間着」(ねまき:パジャマのこと)と言われる「白鞘」(しらさや)に保管されていることや、白鞘に記載される「鞘書」(さやがき)に何が記されているかは、あまり知られていません。

白鞘の役割とは

拵と白鞘

美術館や博物館でよく見る日本刀は通常、(つか)や(さや)に納められていない「剥き身」の状態で展示されています。

そのため、見慣れていない人が展示されている日本刀を観ると「なんだか物足りない」、「自分が知っている日本刀と違う」という感想を抱くことが多いようです。

「日本刀と言えば優美な鞘に納められている物」という先入観が、そういった違和感の原因を生み出しています。日本の漫画やアニメなどのフィクション作品には、日本刀が登場することが多いです。

そして、作中で出てくる日本刀のほとんどが「日本刀の外出着」とも呼ばれる「」(こしらえ:日本刀の外装のことで鞘、柄、鍔[つば]などの総称)を施した状態で登場します。

豪華な拵を装備した日本刀の姿を多く見かけることが、前出の先入観を生み出す一因になっているのです。

66_拵_刀_奥州白川臣手柄山正繁

一方で、いわゆる仁侠映画では「日本刀の寝間着」である「白鞘」が登場します。一見すると木刀のように見える日本刀を持ち、闘うシーンでは鞘を捨てて、キラリと刀身を光らせる場面をよく見かけますが、あの「一見すると木刀のように見える鞘」が白鞘。

ちなみにアニメだと、「ルパン三世」の「石川五ェ門」が「斬鉄剣」を白鞘に納めて持ち歩いています。

日本刀拵写真
刀身を納めるための鞘や、茎が覆われている柄などから構成される「拵」(こしらえ)を写真から検索できます。

そもそも鞘とは?

鞘は、刀身を保護するための入れ物です。剥き身の刀身を放置すれば、危ない上に鉄でできた刀身が酸化して錆びの原因になるため、日本刀を保管する場合は鞘を使用します。

鞘の材料となる木材は「朴」(ほお:モクレン科ホオノキ属)。朴は、材質がやわらかく湿気の吸収性に優れているため、鞘に最適な材木なのです。

そして、鞘には大きく分けて2種類あります。ひとつは拵。拵は、日本刀を持ち運べるようにするだけではなく、見栄えを向上させる物ですが、表面に漆を塗り込めて作られるため、刀身を雨から守ることができる一方で通気性は悪く、刀身を保護するつもりがかえって錆びる原因になります。

もうひとつの鞘は、日本刀の寝間着、または「休め鞘」(やすめさや)と言われる白鞘。白鞘は、表面に漆を塗っていない鞘のこと。何も塗らないことで通気性が良くなり、日本刀の保管に最適なのです。

なお、刀身の保管の際に油を塗りすぎたり、長年放置したりすれば白鞘で保管していても刀身が錆びてしまうため、定期的な手入れは必須となります。

鞘に関する基礎知識をご紹介します。

鞘書とは

鞘書の役割

66_刀剣ワールド所蔵/本阿弥光温(11代)折紙

折紙

鞘書」(さやがき)とは、白鞘の表面に日本刀の情報を記載すること。また、「折紙」(おりがみ:刀剣鑑定証明書のこと)と同様の役割も果たします。

拵も白鞘も、1振の日本刀のために制作されるオーダーメイドの装備です。日本刀は、「」(なかご:刀身のうち柄に入れる部分)に作刀した刀工名や制作年代などの情報を入れますが、それを確認するためにつど、柄から茎を取り出すのは手間がかかるばかりか、出し入れの際に刀身を傷付ける他、空気に触れることで汚してしまうなどのリスクが伴います。

その手間やリスクを軽減させるために、白鞘に情報を記載する鞘書という習慣が生まれました。鞘書は、もとを辿ると日本刀の所蔵数が多い大名家が、管理しやすいように始めたと言われています。

大名家は、将軍から賜った褒美刀や先祖から伝来した物など、数多くの日本刀を蔵に保管していました。その管理をしやすくするために、一目見て誰からの賜り物か、刀工や制作年代が確認できるように鞘書を施したのです。

それが次第に「正真保証」の役目を持つようになり、鞘書も「刀剣鑑定家」が行なうようになりました。

鞘書に関する基礎知識をご紹介します。

折紙に関する基礎知識をご紹介します。

鞘書に記載される内容

鞘書には、「刀工名」、「刃長」(はちょう)、「鞘書を記載した日付と鑑定家名」を入れるのが基本です。

そのため、簡潔に書かれることが多いですが、鞘書を行なう鑑定家によってはさらに「出来の記載」([にえ]付き、丁子乱れなど)、「伝来」、「鑑定区分」(重要文化財指定など)、「感想」(珍重品、優美な姿など)といった資料的な言葉が書かれることもあり、物によっては鞘の空きスペースいっぱいに情報が記載される場合もあります。

なお、鞘書は正真保証の役割を持っていますが、「偽筆」(ぎひつ)の物も多くあるため注意が必要です。

偽筆は、鑑定家を騙(かた)って鞘書に名前を書くこと。また、価値を上げるために嘘を記載することもあります。

ちなみに偽筆は、筆跡が異なっていたり、使用されている墨が明らかに現代の筆ペンを使っているように見えたりするため、目の肥えた愛刀家であれば見抜けるそうです。そういった違和感を見抜けるようになることも、愛刀家にとって必要なスキルと言えます。

鞘書を行なう著名な鑑定家

本間順治(薫山)

「本間順治」(ほんまじゅんじ)氏は、日本刀研究家で、「日本美術刀剣保存協会」の設立者。

「薫山」(くんざん)は号で、日本刀の古刀研究における権威です。

号の薫山の由来は、本間氏が日本刀を鑑賞する際、納得したときに鼻を「クンクン」と鳴らす癖があったことから、「クンさん」というあだ名を付けられ、そこから薫山になったと言われています。

66_鞘 太刀 国宗(鞘書:本間薫山)

鞘 太刀 国宗(鞘書:本間薫山)

刀剣・甲冑の関連組織
日本全国にある、日本刀・甲冑に関連する組織団体をご紹介。

佐藤貫一(寒山)

「佐藤貫一」(さとうかんいち)氏は、刀剣学者。

「寒山」(かんざん)は号で、本間順治と並び「両山」と称されます。日本刀の新刀研究における権威で、日本美術刀剣保存協会では常務理事を務めていました。

号の寒山は、子供の頃から「貫[かん]さん」と呼ばれていたことが由来と言われています。

66_鞘 刀 無銘義景(鞘書:佐藤寒山)

鞘 刀 無銘義景(鞘書:佐藤寒山)

本阿弥日洲

「本阿弥日洲」(ほんあみにっしゅう)氏は、光意(こうい)系本阿弥家17代当主の日本刀鑑定家兼研師

父は、大正・昭和初期に活躍した研師「平井千葉」(ひらいちば)。本阿弥日州は、のちに本阿弥分家「本阿弥琳雅」(ほんあみりんが)に師事し、鑑定家としての技能を身に付け、伊勢神宮をはじめとした神社仏閣の国宝や重要文化財に指定された日本刀の研磨に従事します。

その後、米国の「メトロポリタン美術館」などが所蔵する日本刀の鑑定や保存の他、砥石の選定や研ぎ方、仕上げの方法といった研師としての技能が評価されて、1975年(昭和50年)に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。

66_鞘 刀 信濃守国広(鞘書:本阿弥日洲)

鞘 刀 信濃守国広(鞘書:本阿弥日洲)

今日から使える!鞘書の豆知識

伊達家の蔵刀番号

奥州の覇者で「独眼竜」の異名を持つ戦国時代の武将「伊達政宗」の「伊達家」では、日本刀を管理するために「春夏秋冬」と言う言葉を用いていました。「春何号」、「夏何号」といった具合に振り分けられており、「春」の日本刀が特に価値が高かったのです。

「大倶利伽羅」(おおくりから)や「太鼓鐘貞宗」(たいこがねさだむね)など、有名な日本刀も春に振り分けられています。

伊達家では、白鞘の鞘ではなく柄の部分に季節と番号を書き、さらに「刀袋」(かたなぶくろ)に季節と番号を書いた厚紙札を括り付けていました。

なお、「季節/番号」による整理方法は、戦国時代から行なわれていた訳ではなく、明治時代頃に、鑑定家「本阿弥光遜」(ほんあみこうそん)が整理しやすくするために始めたと言われています。

尾張徳川家の蔵刀番号

江戸幕府将軍家「徳川家」の御三家のひとつ「尾張徳川家」では、儒教における5つの徳目「仁義礼智信」を用いて日本刀を管理していました。仁義礼智信は「五常」とも呼ばれており、人が常に守るべき基本的徳目(とくもく:徳を細かく分類した項目)のこと。

「仁」が最上の出来で、振り分けられる数字が小さいほど珍重されていました。例えば、国宝に指定されている「太刀 来国俊」(らいくにとし)は「仁壱ノ壱」(仁1-1)。同じく国宝に指定されている「太刀 光忠」は「仁一ノ二十九」(仁1-29)。

また、「脇差 鯰尾藤四郎」(なまずおとうしろう)は「仁弐ノ四」(仁2-4)、重要文化財の「脇差 物吉貞宗」(ものよしさだむね)は「仁二ノ二十」(仁2-20)など、左側の数字は、刀身の長さによって区分されており、「一」は刀身が長い太刀などを割り当て、「二」は刀身が短い脇差短刀を割り当てています。

ちなみに、「義」以下に割り振られたからと言って、劣っている訳ではありません。どれも名刀揃いであり、現在も愛知県名古屋市東区にある「徳川美術館」では、尾張徳川家ゆかりの貴重な日本刀が多数保管されています。

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